インド旅行記 vol.45 「丘の上の要塞」

2004年2月17日 正午

食後一休みしてからゴールコンダ・フォートに行く事にした。ハイダラバードに着た一番の目的はこの城を見ることだった。ゴールコンダ・フォートへは駅を背に左へ500mほど行ったバス停からバスが出ているらしい。バス停はすぐにみつかった。しかし「ゴールコンダフォートへのバスは出てしまった直後らしく、待たなくてはならない。」と、バス停にいたスコットランドの青年が言っていた。この青年はどうも落ち着きがなく、ソワソワしっぱなし(^^;)「そんなに急いでもねぇ・・・バスいっちゃったんだからゆっくり待とうよ」と心の中で思いつつ僕は木陰に座りゆっくりと待つ事にする。

バス停車ではサトウキビジュースが売っていた。そのままのサトウキビをローラーのようなものに通して、ジュースを搾り出す。飲んでみたいが、ちゃんと洗ったのか疑わしいコップに、どこの水だ?と突っ込みたくなる氷を入れていたのでやめておいた。もう二度とあの下痢は体験したくないし(汗

その時バス停前に一台のオートリクシャーが止まった。スコットランドの青年がなにやら話していたかと思うと、おもむろに振り返り僕のほうに駆け寄ってきた。

「リクシャーで行かないか?一人25ルピーだ。」

折角のお誘いなので、むげに断るのも悪いと思い一緒に行く事にする。バスでは1時間ほどかかると書いてあったが、30分ほどで着いた。入場料100ルピーを払い中に入る。インドの小学生っぽい子供達がいっぱいいた。修学旅行!?・・・って、そもそもインドに修学旅行なんてあるのかなと思いつつ、先に進む。拓けたところに出ると目の前には丘の上にそびえ立つ城が待っていた。うぁー、高いなぁ。登れるか?城というより堅固な要塞のよう。

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実際頂上まで登るのは想像以上にきつかった。折りしも時間は2時。強い日差しが照りつけ、汗が噴出す。かなり息をきらしつつ、休み休み登った。ようやく頂上についてみると、登って来た苦労もふっとぶほど上からの眺望は素晴らしかった。上から城全体を見渡すといかに大きいかがわかる。ただ、そのスケールに圧倒されてしまう。
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城はいたるところで城壁がくずれていたが、それがまた風情をかもし出していて良かった。ただ残念なのがスナック菓子の袋や、ペットボトルといったゴミがいたるところに捨てられ、城の壁には無数の落書きがあった。文化財なんだからもっと大事にしないとねー。
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インド旅行記 vol.44 「ハイダラバード着」

2004年2月17日 午前6時

「チャーイ、チャイチャイチャイチャイ」
「チャイコフィー、チャイコフィー、チャイコフィー」
朝はやはりチャイ売りの声で目覚める。時計を見ると、まだ6時じゃん!もう少し寝かせてくれー。(-_-;)

どうせ1時間くらい遅れているんだろうと思っていたら、定刻より15分だけ送れてスィカンダラバード駅に着いた。次の街までのチケットを取っておこうと思って、駅の外に出て予約オフィスを探すが見つからない。リクシャーマンに聞いたら離れた場所にあるとか、なんとかで結局よくわからず仕舞。しょうがないのでハイダラバード駅まで行く事にする。リクシャーと交渉するが、120とか100ルピーとかでかなり高値をふっかけてくる。アホか!そんな高値で誰が乗るか(怒)ハイダラバード駅まで6キロ前後だから30~40ルピーが相場だろうと思っていたが、なかなか言い値で乗せてくれるリクシャーが見つからない。仕方が無いと思いつつ60ルピーで手を打つ事にした。

オートリクシャーは風を切って走り出した。途中人造湖であるフセインサガール湖が見えた。このスィカンダラバード周辺はインドらしからぬ風景だった。道路もちゃんときれいに舗装されていて、都会的な雰囲気だった。20分ちょいでハイダラバード駅についた。さっそく予約オフィスに向かい、次の目的地であるアウランガバード行きの列車のチケットを取る。僕の調べた限りでは、スィカンダラバードからアウランガバードへは毎日1本電車が出ているらしかった(2004年)。う~ん、これはもしかするとまた席がないとか言われる可能性があるなぁと思っていたが、そんな心配は杞憂に終わった。めでたく翌日のチケットが取れた。よかった、これで少し旅程に余裕ができる。

チケットをとった後、今日の宿を探す。『地球の歩き方』に乗っているRajimataというホテルに行った。フロントで料金表を見せられたが、高い!一泊600ルピー以上もするのではとてもじゃないけど泊まれない。もっと安い部屋が欲しいのだが・・・と言うと、150ルピーの部屋があるという。それでもちょっと高いと感じたが、一泊だけだ。しかも駅前で地の利は良い。僕は部屋を見せてくれというと、係りの人が案内してくれた。

・・・が!案内されたのはホテルの裏手にある、日のあたらない粗末な部屋だった。内壁の塗装は剥げかかっており、部屋にあるトイレの扉をあけると鳥肌がたつほどの大量の蚊!!!うひぃ~!!!決してキレイな部屋ではないが、1泊だけだと思いチェックインした。

荷物を部屋に置き、腹ごしらえをしようとホテルに隣接するレストランにいった。南インドのミールスを食べてみたかったのだ。しかしミールスは昼の12時からだといわれ、代わりにプーリーを頼んでみた。プーリーとは油であげたチャパティで、駅や街角でよく売られている。付け合せのカレーにつけて食べたのだが・・・このカレーがめっちゃ辛い!!!今まで3週間近く旅してきて、色々なカレーを食べたがここのカレーが一番辛い!不味くはない。プーリーもカリカリしていて美味しい。しかし・・・・この辛さは・・・・うぉー!!!額から汗がふきだしてくる。結局半分くらいカレーは残してしまった。

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インド旅行記 vol.43 「長距離列車 南へ」

2004年2月16日 午前6時20分

「ピピピッ、ピピピッ!」目覚まし時計の音が鳴る。僕は寝ぼけまなこのままベッドから起きだし、顔を洗った。急いで荷物を整理して6時45分にホテルをチェックアウト。フロントで、かっぷくの良いちょび髭をはやしたおじさんが「サヨナラ」と日本語で言ってくれたのがなんだか嬉しかった。昨日着た道を辿り駅に向かう。長距離の移動に備えて駅構内でビスケットと水を買った。本当はバナナやオレンジなどの果物もほしかったのだが、まだ朝早からか売っていなかった。

今回乗る列車はここブバネシュワール始発なので、既にホームに止まっていた。僕はチケットで確認し自分の席のある車両に乗り込む。・・・が、まだ出発20分前だからなのか誰も乗っていない。バックパックを上に置いて、僕はしばらくの間窓の外をボーっと眺めていた。出発10分前になる。しかし誰も乗ってこない。「ムム、本当にこの列車でよいのか?」と少し不安になってきてしまった。外に出て列車の行き先が書いてあるプレートを確認する。確かに「スィカンダラバード」行きだ。

5分前になってようやくパラパラと人が乗り込んできた。出発予定時刻の7時25分になる。やっぱりというか、列車は全く動く気配がない。最初はこのインドの列車のいい加減さに呆れて、怒って、なんなんだ一体!と思っていたが、ようやく慣れてきた。これがインドなのだ。せかせかと1分1秒を気にする日本の列車ではないのだ。ゆっくり行けばいいじゃないか。別に焦る旅ではないのだし。

列車は定刻より10分遅れで動き出した。しかし席はガラガラ。『朝早いからかな?それともスィカンダラバードに行く人ってあまりいないのか?』と、色々考えていたがそんなこと気にしてもしょうがない。人が居ないのをいいことにシートに横になる。う~ん、快適(笑)しかし、次第に人が増えてきて寝ていられなくなる。窓の景色を眺めつつ、2時間、3時間、4時間・・・と時間が過ぎていく。しだいにお尻が痛くなってきた。足を組み替えたり、ちょっと立ったり・・・。長時間列車の中にいるのはまさに苦行だ。日本の新幹線のような座り心地の良いシートならまだしも、インドの寝台車のシートは硬い。後19時間かぁ・・・長いなぁ。

しばらくして汚れた服を着た少年が僕の席に近寄ってきた。「Hello」と言って手を差し伸べてくる。物乞いの少年だった。僕は列車の中以外でも、度々物乞いに出会っていたが、頑なにお金や物をあげるのことをしなかった。それは「僕一人がわずかながらのお金をあげたところで、なんら彼らの生活が良くなるわけではない」と思っていたからだった。お金をあげて「あぁ良かったね」と偽善者ぶるのも嫌だった。だから今まで一度もお金やものはあげなかった。しかし、インドを旅するうちに僕の考えにも少し変化があらわれてきた。

「僕があげたお金やモノで今日一日彼らが幸せに生きることができるのなら、頑なに拒む必要はないのではないか・・・」

結局その少年には持っていたビスケットを何枚かあげた。白い歯を出してニコッと笑った顔が印象的だった。ブランドもののバッグを持ち、颯爽と歩くインド人もいれば、ぼろぼろの衣服をまとい物乞いをして日々生きる人も居る。それが僕の見たインドだった。

既に列車の窓からはオレンジ色の光が差し込み、社内をあかく照らしていた。列車は多くの人を乗せ夕方の太陽の向って走る。僕は上段の自分のシートに登り横になった。疲れてはいたが物売りの声がこだまし、人々の話し声が気になりとても眠れる状況ではなかった。

その夜僕が眠りについてのは23時過ぎだった。

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東欧旅行記 vol.11「夜行バスに乗って」

2005年2月21日 朝6時

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空が次第にしらみはじめ、朝日が昇ってくる。乗務員が飲み物と小さなパンケーキを配り始めた。どうやらこれが朝食サービスらしい。さすがバス網が発達しているだけあって、寝台バスもなかなかいいじゃない~♪

昨日の夜8時過ぎにバスのチケットを買った旅行会社からワゴン車でイスタンブールのオトガル(バスターミナル)まで連れて行ってもらった。トルコは言わずと知れたバス大国なのだ。とにかくバス網が発達しているので鉄道よりむしろバスの方が安く快適だったりする。そのためイスタンブールのバスターミナルもめちゃくちゃ大きい!ガイドブックとかにも「大きい」とは書かれていたけど、まさにその規模は国際空港並み!旅行会社の人が居てくれたからよかったものの、これ一人で来たら絶対迷うな・・・。そんなことを思いつつチケットを受け取り、セルチュク行きの夜行バスに乗り込んだ。

乗り込んでみてビックリ!とってもキレイで快適じゃないですか!(・∀・)今までの旅ではベトナムとか、カンボジアとかインドとかでもバスに乗ったけどこれほどキレイなバスはなかった。

僕らと同じようなバックパッカーらしき日本人やら韓国人やら欧米人やら、トルコ人のおばちゃんやら・・・結構乗る人多いんだなぁ。しばらくして発車時刻となり、バスオトガルを後にしてセルチュク目指して発車した。しばらくするとバスの車掌さん(日本で言うバスガイド?でも男)が水を配りだす。ほぅ、こんなサービスもしてくれるんだ。すごいねトルコのバスって(^^;)相方のFと色々話しつつ時間は過ぎる。次第に眠くなってきたので目を閉じるも熟睡はできなかった。起きたり、またうとうとしたり・・・。そんな浅い眠りを繰り返しつつ朝を迎えた

セルチュクに着いたのは朝の8時だった。一緒にバスに乗っていた自称元自衛官の関西人が話しかけてきてなんとなくそのまま一緒に行動することになる。そのまますぐ「アヤちゃんの宿」で有名なヴァルダルへ行く。この日は小雨が降るかなり寒い日だったのだが、宿の一階の居間で暖かいアップルティーをごちそうになった。これがまためちゃくちゃうまかった!リンゴの香りと甘酸っぱいすっきりとした味わいが癖になりそうだ。のちに知ったのだが、トルコはチャイ(紅茶)以上にアップルティーがとても美味しい。お土産で買うならアップルティーがオススメかも(笑)

ここの宿は家族で経営しているらしく、おじいちゃんと「アヤちゃん」と呼ばれているおばあちゃんが居て、旅人の心を癒してくれるような居心地の良いアットホームな宿だった。僕と相方と関西弁Tの野郎3人で同じ部屋を使うことになる。この一緒に泊まった関西弁Tはとにかく良くしゃべる!関西人っていえば「良くしゃべる」という固定観念みたいなものがあるが、この人の言動をみているとその観念が間違っていないということを強く思い知らされた。まぁ、旅していれば色々な人と出会いますよね。それがまた面白いとこだけどさ・・・。のちにこの関西弁Tはとある出来事により僕ら二人に強烈な印象を残す事になる。

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東欧旅行記 vol.10「サッカーと酒」

2005年2月20日 朝

昨晩相方のFと話し合って明日21日に夜行バスでエフェス遺跡のあるセルチュクに向う事になった。そのためにはバスのチケットを手に入れなければいけないので、旧市街にある旅行会社を数件周った。結局その日は結論は出ず、明日の午前中にもう一回まわって決めようということになったのだ。ホステルで朝食を済ませ、僕らはスルタンアフメット駅近くの旅行会社に行ったのだがまだ朝早かったため開いていない。仕方なくブルーモスク前の公園に行きベンチに腰掛ける。僕は折角だからスケッチでもしようと思い、持ってきたスケッチブックを取り出しブルーモスクを書き始めた。この日は天気も良く絶好の(?)スケッチ日和だった。旅先でまったりスケッチなんてなんて贅沢なんでしょ(笑)

9時過ぎくらいになって旅行会社に行くも、セルチュクまでの値段はあまり安くなかった。結局ホステル近くの旅行会社で聞いた値段が一番安かったので、そこでチケットを購入。今日の夜にここからオトガル(バスターミナル)まで車で送ってくれるそうだ。

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さて、バスのチケットを取得後ぶらぶらガラタ橋を渡って新市街に向った。かなり急な勾配の坂を登りイスティラーク通りに出た。(ここまでわずか2行くらいの文章だけど、実際はめちゃくちゃ歩いてます!たぶん7キロとかそんくらいは歩いているはず)ここはさしずめイスタンブールの表参道といったところだろうか。ブランドショップやお洒落なカフェが立ち並び、人通りも多かった。

途中デモ隊のような一団と遭遇!警察は盾を持って一列に並び、なにやらただならぬ雰囲気が漂う。テレビ局の取材だろうか?カメラを持った報道陣の人たちもいた。あまり関わりたくなかったので、僕らは足早にその場所を後にした。

歩きつかれた僕らは一軒のお菓子屋に入る。ここはシュークリームの上にたっぷりのチョコレートをのせたお菓子が有名らしい。実際食べてみたがとても甘い!美味しいんだけど甘すぎだよ(^^;)お店を出てから相方と夕方落ち合う約束をし、僕らはそこで別れた。

一人になった僕はふらふらとガラタ橋方面に向かい、橋を渡って再び旧市街に戻った。ガラタ橋からずっと海沿いを歩いていった。途中ベンチに腰を下ろしてボスポラス海峡をぼーっと眺めたり、海で釣りをしている人を観察したりしていた。それにしても海沿いは結構寒い!海からの風が身を切るように冷たいのだ。僕はトプカプ宮殿を横目にずっと海沿いに南下してマルマラ海の方まで出た。海沿いに面する通りに公園のような場所があり、カップルや子供たちで賑わっている。もう少し先に行くと小さな広場でサッカーをやっているようだった。地元の市民チーム同士の試合なんだろうか?結構白熱していて、見物客も多かった。僕は遠巻きにその様子を見ていたのだが、試合を見物していた地元のおっちゃんと目が合った。「こっちに来い」というようなジェスチャーをしたので行ってみると・・・。なんと酒盛りをしていた。このおじさん達は全くといっていいほど英語を解せず、僕もトルコ語は挨拶ぐらいしか話せない。会話は必然的に噛み合わないし、意味がわからない。


「ジャポン??」
「イエス」
「トーキョウ?」
「イエス」
「オー、トウキョウ!トウキョウ!!!」
(コップに酒を注がれる)

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なんなんだ?このおっちゃん達は(-_-;)飲め飲めと言うような事を言われ、コップに注がれた赤い液体を飲む。うぇ、これワインじゃないか!良くわからないけど、まわりのおじさん達は異様に盛り上がっている。酒を注がれたら飲むのが礼儀だろうと思って、僕は一気に飲み乾してしまった。飲み干すと「ウォー!!!」と歓声があがる。

その後も酒盛りは続き、英語、日本語、トルコ語が入り混じったよく分からない会話が続いた。おじさんの一人がしきりに「イルハン、イルハン」という言葉を口にする。イルハン・・・?どこかで聞いた事あるような。そうだ、確かトルコの有名なサッカー選手でJリーグに来たとかニュースで言ってたな。
「イエス!I know イルハン!」
「Oh!イルハン good!」
もはや話が通じている、いないということはどうでも良くなってきた。言葉はよくわからなくても、なんだかトルコ人の暖かいものに触れたような気がしてそれだけでも十分だった。

最後に写真を撮ってくれというような話になって記念撮影をして僕らは別れた。何杯もワインとかビールを飲まされて僕はちょっと酔っ払っていた。あたりは既に日が傾いて寒くなってきた。さて、相方と待ち合わせしているとこまでいかなきゃな。

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相方と合流して昨日も食べに行ったカラデニズというレストランへ行く。昨日はケバブを食べたから、今日は別のメニューにしようと思ってピデを頼んでみた。ピデとはトルコ風のピザのこと。トルコのピザは円形ではなく舟形をしている。味もとっても美味しい♪やっぱり食べ物が美味しい国っていいなぁ~。トルコ料理最高(^^)満腹になって僕らは宿に戻った。

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